新築マンションを使ってみる
新築マンションを使ってみる
ツクで寝ていると、ノミが足元からむずむずと上がってきて、パンツの中を動いているのがわかるほどです。
しかも、パンツのゴムをくぐるときに必ずひと噛みしていくゴムのところだけ赤くなって仕方がありませんでした。
それでも草も木も寝静まった密林の夜の閣は深く、アルコールランプの明かりの下で、日記をつけていると、自分がいままさに人間としての原点にいるような感動を覚えたものです。
ラン探しは、自分の足だけが頼りです。
地図はありましたが、そこに書かれているルートは、ほとんどが道なき道。
等高線もわからず、山道に迷い込んで、昼なお暗い森をさまよい続け、やっとメーンル−トに出たところで動けなくなって倒れているところを、運よく通った車に拾われたり、軍服を着たゲリラが現れて、いきなり銃をつきつけられたりと、命拾いをしたことは何度もありました。
グアテマラに入ってから、道はどろどろのぬかるみばかり。
池を見つけて、泥まみれの体を洗い、やっとの思いで宿営地にたどり着いたとたん、意識を失ってしまったこともあります。
さすがに、なんでこんなことをやっているんだろうと思って、泣けてきました。
それでも、毎日毎日、樹上にランを探し続け、やっとランと出会ったときの震えるような感動を味わうと、それまでの苦労は忘れてしまいます。
ランは木の上にはえていますから、小さなイカリを枝に引っ掛け、上に登ってそっと採取します。
マキシラリア、レプトテスピカラ−、オンジジューム・オ−リソニンカム。
ひとつ見つけては何枚も写真を撮り、向こうで買った竹かごに入れて、道中ずっと世話をしながら収集を続けました。
採取したランは、大切に竹かごに入れて日本にお持ち帰り。
インディオの家でトルティーヤ(とうもろこしのパン)作りに参加。
3回目の旅で、やっと中学時代の夢がかない、採集したランは100種類以上にのぼります。
まだ、ワシントン条約締結前でしたので、大切に抱きかかえて日本へ持ち帰りました。
どんなことでも、机の上でどうしようと考えていたのでは、何ものにも出会えません。
動いてみなければ、求めるものは何も得られない。
これは、いまも私自身の信条になっています。
というか、欲しいと思ったら、もう体が動いてしまっていて、後になって「ここまで来たらもうやるしかない」と、あらためて自分にムチを入れるのですが・・・・・・。
何よりも収穫だったのは、旅の中で「自然と共に生きる」ことのすばらしさに触れられたこと。
中米の山中で暮らす人たちは、便利な生活とは無縁だけれど、健康で穏やかな日々を送っている。
彼らの住まいで過ごした時間は、いまでも鮮明な思い出として残っています。
大学では建築科へ進みましたが、専門そっちのけで、相変わらず植物の勉強ばかり。
家の温室で200種類あまりのランを栽培。
中米から持ち帰ったランも、次々に花を咲かせ、いつの日か植物学者になることを夢見ていました。
しかし、進路を決める時点になって、父親に「植物では飯は食えん」と反対されて、結局、住宅メーカーに就職。
体調をこわした父親に代わって、幻歳のときに家業の工務店を継ぎました。
住宅メーカーで営業マンをするようになってからは、忙しくて植物の世話ができなくなり、結局、ランはすべてパアに。
それ以来、興味の対象は、山莱やキノコなど食べられるものに移行。
これまでに食べた野生キノコは、ゆうに初種類以上を数えるでしょうか。
山を歩いて、食べたことがないキノコを見つけたら、顕微鏡で胞子と襲の細胞の形を見て、専門書で外観を確かめ、食べられるかどうか判断すれば、間違うことはありません。
山で採った野生キノコの鍋は、絶品のおいしさです。
ランの美しさ、不思議さに感動し、植物を研究していくうち、自然科学についての知識が、私の中で枝葉を広げるように育っていきました。
しかし、それはあくまで趣味の世界。
まさか植物の知識が、建築という自分の仕事に役立つとは、当時、思ってもみませんでした。
父親の工務店を継いで、地元に「秋田ハウジング」の看板を掲げてからは、まるでジェットコースターのような毎日でした。
時はバブル全盛。
当初は不動産を手がけ、ちょっと土地を動かすだけで、ぽんと1000万円が転がり込んでくるといった時代です。
初歳のときにバブルが崩壊。
不良資産をすべて処分し、残ったのは莫大な借金ばかりです。
会社の存続をかけて奔走する日々が始まりました。
いったいこれからどうすればいいのか。
思い悩みながら歩いているときにふと思いついたのが、奇抜なデザインの家。
屋根をM字型にしたり、カラ−ベストを壁に貼ったりと、自分でユニークな家を設計したら、これが受けて、行く手に光が見え始めました。
コストダウンをはかるために、アメリカやヨーロッパ、アジピレネ−山脈の山あい、スペインとフランスに国境を接したアンド−ラ公園は、自然に恵まれ、豊富に産出される粘板岩を利用して、家が建てられています。
屋根に、石貼り壁。
天然素材で建てられた家に、人々は何世代、何百年にもわたって住み続けています。
建築後500年近く経っているのに、石の家は美観を損なわれることなく、どっしりと存在しています。
そこには、石も木もゆっくりと長い年月をかけて風化し、朽ちていく美しさがありました。
日本の住宅は、わずか却年足らずで、汚らしいまでにぼろぼろに劣化して住めなくなります。
ひとことで言って、かっこいい。
日本の家は、古くなれば使い捨てられる合板の家具と同じ。
石積みのアンド−ラの家は、古くなるにつれて、家族の歴史を刻んだ骨董品になる。
それぐらい大きな違いを感じました。
天然素材で建てられた家は、やがて朽ちて、処分しなければならなくなっても、ダイオキシン類で環境を汚染するなどということはありません。
再び、生まれ出た自然に還っていきます。
これだ!と思いました。
こんな家を日本でも建てたい。
「無添加住宅」のきっかけは、思いがけないところから訪れました。
「家族が安心して住める家を建ててもらえませんか」西宮市に住む芦田さん夫妻が、知り合いの不動産会社を通じて、私のところに相談に訪れたのです。
芦田さん一家は、築部年以上になる古い住宅に住んでいたのですが、傷みがひどく一部をリフォーム。
廊下はフローリング、トイレはクロスを張り替えなったため、Part 2・楠物研究マニアから「クリーンな家」づくりのプロへ便器も新品のものに付け替えました。
リフォームしたトイレは、古い住まいの中でもピカピカに輝いて見えたそうです。
ところがそれ以来、奥さんがトイレに入ると、目がちかちかしてのどが痛くなるようになったのです。
ひどいときは、頭痛がして気分も悪くなります。
当時は今ほどシックハウスが社会問題になっていなかったため、家の中でいちばん新しい場所なのに、なぜ体に不調が現れるのか家族の誰もわからなかったといいます。
ある暖かい日の午後、医師であるご主人がたまたまトイレに入ったところ、真新しいトイレの中で接着剤の匂いがして、初めて「シックハウス症候群だ!」と、気づいたそうです。
幸い気づくのが早く、しかもトイレという狭い範囲に限られていたので、換気を心がけたことで重症にはならずにすんだけれど、あらたに家を建てることを考えていた二人は、考え込んでしまいました。
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オーダーメイドの新築マンションの情報を掲載しませんか?欲しい新築マンションが欲しい所に来た感じです。
今新築マンションを余すとこなく分析しました。結構珍しい新築マンションだと思います。
分譲マンションの本を片っぱしから読めば、分譲マンションの文章力や表現力は、ある程度身につきます。
通常は、タイトル&説明文によって訴えかけられる分譲マンションをこれから探す方に朗報です。新感覚の分譲マンションを体感しましょう。
分譲マンションを見に付けてみましょう。特徴のある分譲マンションです。